昭和40年から50年代にかけて田舎で過ごした。
その頃の習慣は、私の中で今も生きている。
清潔とは言い難い暮らしでも、人も動物も元気だった。
それに近い習慣を今でも続けているけれど、
問題なく元気で病院とも縁のない日々を生きている。
あれから数十年、
日本では除菌殺菌をうたう製品が多く販売され始め、
コロナ騒動を機会にさらに、その流れが加速した。
それで健康な人が増えたのかと言うとかなり疑問。
人間はいつからそんなに弱くなったのか
年号が昭和から平成に変わったあたりから
やたらと除菌殺菌の製品が流行っていたり、
風邪でも花粉症でもないのにマスクを着用
する人が増えてマスク依存症という言葉まで
出てきてた。
このあたりから「何か変だな・・・」
という感覚はあったけど、
それがコロナ騒動で一気に異常な方向へ
動いた気がする。
「新型コロナウィルス」という未知の恐ろしい
伝染病が流行り出したからこういう対策を
しないといけないんだという事で、
新生活様式なるものが出てきて、
今まで普通だった事の多くが
わずか数ヶ月で「人に迷惑をかける行為」
という事にされてしまった。
マスクを着用しない。
消毒液を使用しない。
人と距離を取らない。
大きな声で話す。
必要最低限以外の会話をする。
自営業者が店を閉めない。
用事が無いのに外に出る。
県をまたいでの移動など。
無症状感染、無症状死亡という謎の日本語が
今も当たり前のように使われている。
それまでは症状が出て初めて感染という定義
だったはずだけど。
いつの間にか、何の前触れもなく定義が変わった。
「コロナは特別だから」という一言で、
ほとんどの人がこれに対して何の疑問も持たない。
何がどう特別なのか説明できる人はいないけど。
検査ではインフルエンザその他コロナ以外のものでも
陽性が出ることがあると、
検査キットの説明書に明記されている。
なので最終的には医師の判断という事になっているけれど
コロナだけに見られる症状というのが存在しない。
高熱が出るとか、後遺症が残る事があるとか
これはインフルエンザでも風邪でもあり得る。
去年一昨年は、電話による問診だけでコロナ判定。
それで「感染者がこんなに増えています!」と
テレビで騒いでいた。
仮に何かの病気が流行ったとしても、
免疫力が高ければ人間はそうめったに病気にならない。
人間の体の表面にも、腸の中にも菌は沢山いる。
空気中にも菌は沢山いる。
太古の昔からずっと、人間は菌と共存し生きてきた。
それがわずか数ヶ月で人間は違う生き物になったのか。
ずっとマスクしていないと生きていけない。
何かちょっと触る度に消毒しないと生きていけない。
人と接したら危ない。
外出したら危ない。
今までの人類の長い歴史の中で、
そんな事は一度も無かった。
そんなに急に変わる事などあり得ない。
他の動物と比べてみる
野生の動物は、
誰に教わったわけでもなくても
自分が何を食べるべきか本能で知っている。
なので自然な状態で生きていると
病気になって苦しむという事はめったにない。
怪我をしたり弱っている時は、
何も食べずにじっとしている。
それが回復するために一番いい方法だと
知っているから。
体とか健康という視点で考える時、
人間も生き物としては動物の一種なわけだから。
本来ならそういう事を知っているはず。
そのはずなのに今は、便利になったのはいいけれど
自然な暮らしから遠くなりすぎて本来持っている
生きる力を発揮できなくなってきている。
ちょっと具合が悪いとすぐ薬を買いに行き、
病院へ行く。
自分の力ではなく他の何かの力で、
「治していただく」という発想。
これから脱却しない限り、
医療ビジネスにお金を吸い取られ
病気に苦しみながら死んでいく事になってしまう。
今回のコロナ騒動でも
「ワクチンさえ出来てくれば安心だ」という
薬に頼る発想の人が多いから
その中身が何かも知らなくても調べる事もなく
いい物だと信じてしまう。
体を作っていく食べ物について
断食療法が
様々な病気に対して効果を発揮することは、
最近ではよく知られてきている。
癌という字は
やまいだれに品の山と書く。
色々な種類の物を山ほど食べると癌になる
という意味とも言われている。
人間も本当は
何を食べるのが自分の健康につながるのか、
他の動物と同じように本能で知っているはず。
体が健康になると、
精神的ストレスをためにくくなるので
人生の全てにおいてプラスになる事は沢山ある。
日本には日本の気候風土に合った食べ物というのが
ちゃんとある。
日本の中でも地域によって少しずつ違う。
そのあたりの事を頭に置いて、
自然に育てられた作物、添加物のない食べ物を
選んで食べていると明らかに体調が変化してくる。
今まで食生活がめちゃくちゃで
体の具合が悪くなった人でも変わる可能性は十分。
人間の体の細胞がほぼ全部入れ替わる
半年後くらいには
体にとって良くない物は自然と欲しくなくなる。
なので、食べ物を変えるのに意志の力がいるのは
最初の間だけ。
清潔すぎる暮らしに疑問 菌は敵ではない
なんでもかんでも除菌、消毒。
普通に水で、せいぜい石鹸で手洗いだけで
良くないか?(^^;
何か、菌があってはいけないような暮らし。
それが本当に素晴らしいものであれば病気も
減っていくはず。
それなのに、
昔は無かった新しい病気が沢山出てきている。
寝たきりになる人も増えている。
添加物まみれの食事。
運動不足。
仕事のストレス。
住環境の影響。
睡眠の質の低下。
などの色々な他の原因もあるけど
菌を排除しようとする暮らし方も
その一つだと思う。
日本の気候風土に合った家の造り。
自然を生かした造園。
四季折々の景色や食べ物が楽しめるのも、
日本の素晴らしいところ。
昔は、かやぶき屋根の民家も多かった。
母の実家もかやぶき屋根の家で、
祖父母の家に行った時は畑でとれた
野菜をそのまま食べていた。
畑の隅にいつも塩が置いてあって、
トマトやキュウリに塩をつけて食べる。
その頃、
野菜を洗わずに埃がついてたら軽くはたいて、
塩をつけて食べるのは普通と思っていた(^^;
京都では、地域によっては今でもかやぶき屋根の
民家が見られる。
写真は、大原の景色。
祖父母の家では鶏を飼っていたので、
朝に卵を取ってきて卵焼きを作ったり
していた。
鶏というのは、その辺を走り回っている
生き物だと子供の頃は思っていた。
少し暗めの土間は夏でもひんやりと涼しく、
祖母が作っている漬物の桶がいくつも
置いてあった。
この漬物がまた、めちゃくちゃ美味しかった。
米の収穫を見せてもらったった事もあり、
豆腐を作るところを見せてもらった事もある。
普段住んでいる場所も田舎だったので、
近所の人が畑でとれた野菜を土付きのまま
ぶら下げて持ってきてくれたり
川で魚を釣って持ってきてくれた事もあった。
買い物に行く場合でも
今のようにコンビニや大型店舗は無く、
買い物かごを下げて肉や魚、果物や野菜を
それぞれ買いに行く。
新聞紙にコロッケを包んだり、
今見れば不衛生極まりないかもしれないけど
その頃はそれが普通だった。
食べ物というのは自分で作ったり、
近所同士でおすそ分けしたり
それを作るのが得意な人が作ってるとこに
買いに行く。
そういうものだと思っていた。
消毒液や除菌剤入りの洗剤やハンドソープは
存在しなかったけど、それで病気になった事は無い。
清潔すぎる暮らしに疑問を感じていた時にさらに
コロナ騒動があって、とんでもない世の中に
なってきたと感じている。
どこに行っても消毒液が置いてある。
マスク着用していないと店に入れない。
家にも消毒液を常備するのが普通になって、
何でもかんでも消毒。
人間の皮膚表面には常在菌が居て、
それも人間にとって大切な役割をはたしている。
今の世の中はコロナが怖いと言って
しょっちゅう手指の消毒、買ってきた物を消毒。
これではかえって免疫力が弱まり、
病気になりやすい体を作っているようにしか思えない。