「人に何か言われたら・・・」の呪縛

自営業者の日常雑記

新しい仕事を始める時。
商売を始める時。
世間の大多数の人とは違う考えを持った時。

「自分はこうだけど
人に何か言わどうしよう
心配する人はものすごく多い。
これが「人に何か思われたら・・・」
という場合もある。

占いの仕事の中で、
お客様からこれを聞いた回数は
大袈裟でなく数万回あると思う。
十人中九人までの方が
会話の中で一度は言われるし、
多い人になると会話の中に十回以上
この言葉が登場する。

いつも我慢して苦しい感情を抱えているよりも、
楽しい方が好きという人の方が本当は多いと思う。

なので「人に何か思われたらどうしよう」
「人に何か言われたらどうしよう」と言う時、
それを言っている人が楽しそうだったら
それでいいと思う。

ところが全然楽しそうに見えない
むしろ命に関わるような恐ろしい障害について
語っているような気持ちが伝わってくる事もある。

今の日本では、銃で撃たれるような事や
刃物で刺されるような危険は
ゼロとは言わないけどかなり少ない。
そういう事が起きる場合というのは
誰かから激しい恨みをかっていて尚且つ
相手が暴力的手段に出た場合。
もしくは強盗や通り魔的なもの。

自分が言った事や行った事が
相手の気に入らなかったとか、
周りの大多数の人と違ったという程度の事で
起き得るものではないと思う。


でもそれくらいのレベルで恐れているのでは?
と見える場合が珍しくない。

本当に命を落とすような危険が少ないから、
人から何か言われる事というのが
人生最大の危険として位置づけられている
という事かもしれないけど・・・

社会的に殺される」という言葉も
本当によく聞くので。

たしかに有名人でも社会的地位のある人でも、
さらに権力を持っている側の意見と違う発言を
すればテレビに出られなくなるなどの事はある。

会社員の場合も、会社としての方針に逆らう事を
言ったり、会社で新しく決まった事に従わないと、
会社の中で居づらくなるとか最悪解雇される事は
あるかもしれない。

そんな面倒な事、危険な事にさらされる位なら
我慢することの方がずっと安全だし耐えられる
という思考がほとんど無意識のうちにあがって
来るのだろうと想像する。

でも、表面には上がってきていない意識の奥で
本当は我慢したくない
人の顔色をうかがう事に疲れた
周りに合わせる事に疲れた
楽しい方が好き

と思っている所があるかも?という人がいたら
今までと違う考え方の可能性を見て欲しい。

今まで「これが普通」と信じてきたものは
本当に絶対的なもの?
そこから離れて、
人から何か言われたら・・・
何か思われたら・・・
というのを気にしない世界で生きてみたら
本当にそれは命を脅かすほどの危険な所?

我慢する思考の習慣が元々ない人の場合、
「人から何か・・・」という
この思考回路がそもそも存在しない。

そういう人達が命の危険に晒されているか?
そんな事はなく皆元気そうに生きている。


今の世の中では
自分の事を一番に考える人を わがまま、
大人気ないと言う。
「 周りに迷惑をかけてはいけない」
という事を一番に考える人を
常識と思いやりがある人と言う 。
自分にとっては腑に落ちなくても、
納得出来なくても
周りに合わせる事を正しい行いと言う。

何を選んでも 、どう生きても
自分で出した答えなら いいと思う。
でも二言目には 、
会社が 親が 家族が 交際者が 周りが 友達が ・・・
それしか言わない人には 一度聞いてみたい。
「 自分は?」

我慢することが、
食べる事寝る事と同じレベルで
生きていく上での当たり前になっている人が
あまりにも多い今の世の中。
それを変えたからといって、
想像しているほど恐ろしいことなど起きない
という事に気が付いてほしい。

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