特にここ2~3年、
「努力義務」という言葉が突然出てきて、
日常の色んな細かい事まで
いちいち言われ始めた。
「義務」とついているからには、
そうしないといけないのかと思う人も多い。
あとになって「強制じゃ無かったの?」
という事が多すぎ。
マスク、アクリル板、検温、消毒
自粛、ワクチン接種なんかもそうだけど、
それに便乗するかのように
他の決まり事まで
どさくさに紛れて増えていく。
実際に強制になった事もあるし、
これから先法律まで変えて、
もっと強制力を強めようという動きもある。
そこにいつまでも期待して、
「いつかきっと良くなる」とか
「リーダーが他の人になればきっと良くなる」
と思っていても仕方ないと思う。
今の状況が好きという人は
そのままでいいと思うけど、
「好きじゃないけど変わってくれないかな」
という期待は多分空しい。
自分の記憶にある範囲の
数十年前を振り返っただけでも・・・
今ほど細かい決まりは無かったし、
「努力義務」が連発されることも
無かった。
けどそれで
犯罪や事故や病気や自殺が今より
多かったかというと、
少なくとも今よりはずっとマシだった。
決まりを沢山作ったら世の中が良くなる
というのはなさそうだというのが、
ここからも分かる。
権利はどんどん剝奪します!
義務はどんどん増やします!
何かあったら自己責任です!
というのが今の状況だから。
ここに期待する意味なんか1ミリもない。
細かい所ではそういえば最近
「自転車に乗る時の ヘルメットが努力義務」
とか。
その前は保険加入が義務になったり、
その前は車の後部座席の シートベルトが
義務になったり・・・・
少しずつ少しずつ細かい所まで
決まりが増えていく。
学校の規則というのも意味不明な物が
多いけれど、
それが社会人になってもずっと続くような
イメージ。
学校で慣らされているから、
違和感感じない人が多いのか。
努力義務というと義務と思う人もいるし、
少しずつ増えていくと
知らないうちに決まりだらけの状況に
慣らされていく。
細かいところまで決められて
いつも誰かに指示をもらわないと
自分では何一つ考えられない人が
増えていく。
そういうロボットのような人を増やして
管理しやすい世の中を作りたい側の
まさに狙い通り。