小説 最果ての地にて愛をつなぐ ③

小説 最果ての地にて愛をつなぐ


仕事を変えて数日で、梢は今度の仕事場は自分に合っていると感じた。
その感覚は、数ヶ月経っても変わらなかった。
このカフェは、梢の両親より少し年上の60代の夫婦の経営で、29歳になる娘もスタッフとして手伝っていた。梢が入るまでは完全な家族経営で、他のスタッフは居なかった。

マスターとママは若い頃音楽をやっていて、同じバンドのメンバーだったらしい。二人とも愛想が良く、お客さんからも人気があった。
夫婦仲も良くて、このカフェの仕事を二人が楽しんでやっているのが伝わってくる。
娘の唯は、身長155センチと小柄な梢よりは数センチ背が高く、落ち着いた雰囲気の女性だった。顔のパーツが全部小さ目で、スッキリと整った顔立ちは母親によく似ていた。
京美人というのはこういう人の事かと梢は思う。
マスターは彫が深い顔立ちで色が黒く、外見的には女性二人とは対照的だった。

このカフェの三人とも、実年齢より幼く見える梢の見た目を「可愛い」と言い「明るい性格が接客向きで、よく働いてくれて助かる」と褒めた。
マスターもママも見た目通り明るく穏やかな人柄で、娘の唯も優しくて気さくで、それでいてしっかり者で頼れる人だった。
前の会社での煩わしい人間関係に疲れていた梢には、それが何より嬉しかった。
毎日朝10時から店を開けて、夜の9時まで営業。
梢が入るのは夕方の6時半まで。間に30分の休憩もあった。
平日休みの基本週6勤務で、一ヶ月の手取りは15万円前後。
まかない付きで食費が節約できるし、特に高価な物を欲しがる欲望もない梢の生活費としては十分な額だった。

この店は、8人座れるカウンターと4人座れるボックス席が3つ。珈琲や抹茶を中心に、甘い物や軽食のパンメニューもある。
土産物の陶器のコーヒーカップや皿、小物なども売っていて、カフェのメニューで出している菓子も売っていた。
季節ごとの店内の飾りつけ、メニューの変更なども一緒に考えさせてもらえたので、そういう事が大好きな梢は仕事に行くのが楽しみだった。
服装の規定はなかったけれど、何となく店の雰囲気に合う物を選んで着る。それもまた楽しみの一つだ。

京都は盆地独特の蒸し暑さで真夏は厳しい。
そんな暑い時期の7月に勤め始めて、やがて秋を迎え、冬を迎えた。
店のメニューも仕事内容もすっかり覚え、三人とは仕事以外でもよく一緒に過ごした。
常連のお客さん達とも親しくなっていった。
カフェでの勤務を始めてから半年経った時、楽しくやっている事をラインで親に伝えたら安心してくれた。
知り合いの居ない京都で見つけた、自分の居場所。

梢は、出来るならずっとここで働きたいと思っていた。

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